東久邇宮平和賞創設の由来

 

                                     東久邇宮記念会

                                     会 長  吉 村 靖 弘

 

豊澤豊雄翁が晩年「著作権振興」を唱え、世界でも知的財産権、特に、著作権の強化がされた。
著作権とは言わば、「発明(創作)」の心であり、魂である。
18世紀、イギリスに始まった産業革命は世界に広まり、それから人類の進歩はめざましく、現在において、我々人類はその恩恵を享受している。(ある意味特許制度の全盛期時代である)
だが、その一方で、地球環境の急速な変化が自然災害を引き起こし、人類の脅威になっているのも事実である。
人類にとって、産業も文化も、地球との共生があって初めて実現できるのである。それが「平和思想」である。どんな良い産業も文化も、そこに「平和思想=魂」がなければならない。
東久邇宮稔彦王は、戦後初の内閣総理大臣として、戦争敗北後の国家立て直しという困難な状況を克服され、日本を平和へと導いた。そして、ご子息である東久邇盛厚殿下は「味噌汁発明思想」で、日本を豊かにした。
豊澤翁と東久邇盛厚殿下との二人三脚で始めた「東久邇宮記念賞」の最大の目的は「経済を発展させ日本を豊かにし、世界平和の象徴となる国づくり」であった。
紐解いてみると、日本で著作権法が制定されたのは、明治22年(1899年)7月22日である。
そこで、豊澤翁の七回忌を機に東久邇宮平和賞を創設し、著作権制定日に「東久邇宮平和賞授与式」を行うこととした。